Trattoria Siciliana Donciccio 石川 勉 × Mr.Fenice 鎌田一生 「装いを楽しめる大人は人生が豊かだ!」
2019.06.28
Trattoria Siciliana Donciccio 石川 勉 × Mr.Fenice 鎌田一生
「装いを楽しめる大人は人生が豊かだ!」
実は30年来の友人だというドンチッチョのオーナーシェフ石川 勉氏とMr.フェニーチェのディレクター鎌田一生氏。
ふたりの共通点は、東京の夜が最高にエキサイティングだった時代に、エネルギーに満ちた東京を謳歌してきたことだ。
その時代に学んだこと、その中から今にフィードバックできることとは?
食と服で世界は異なれど、これらふたつにはさまざまな繋がりがあった。
学びたい節がいくつも見つかる大人の対談。
―おふたりは30年来の友人ということですが。
鎌田氏(以下敬称略) 1989年頃、表参道にあったダ・トマゾというリストランテでシェフをされていて、そこに通い始めたのがきっかけです。その後、星条旗通りのラ・ベンズィーナに石川さんが移られたんですけど、そこは私が知っている中でお洒落な大人たちが集まる最初のお店でしたね。
石川氏(以下敬称略) 94年頃ですね。お洒落な人たちが本当に楽しそうに食事をされていて、とてもいい雰囲気のお店でした。イタリアで見たかっこいい大人たちが集まって食事をしている、あの優雅な光景がそこにありましたよね。そういう大人たちがお店の雰囲気をよくしてくれていたんです。イタリアでは最初、パレルモのプライベートビーチの中のリストランテで修業していたんですけど、そこはテラスで海を眺めながら食事ができるんです。そこで私も水平線を眺めながら賄いを食べたりして、働く側としても最高の環境でした。貴族階級をはじめとする富裕層が来る一方で、パレルモですのでマフィアっぽい人も来る(笑)。ただ、共通して言えるのは、そこでの食事には皆きちんと正装して来るってことです。日曜日の教会でのミサの帰りにファミリー親戚一同でランチをする際も、皆サルトリアで仕立てたスーツをエレガントに着ている。食事するときにはきちんと正装するんだな、というのはここで学びましたね。
石川氏が働いていたパレルモの写真。まるで海の上で食事をしているような絶好のロケーションのリストランテでいただく食事は最高だったそう。
鎌田 お店側もテンション上がりますよね。そこが大事。石川さんの帰国後、ダ・トマゾで出会ったのが89年頃。当時フロムファーストにバルバスが入っていたんですけど、そこに山城さんっていう最高に面白いオヤジがいたんです。浮世離れしている人で、家の中でも靴で過ごしなさい、とか言われてね(笑)。
石川 フロムファーストの地下にポワソン ルージュっていうお店があったんですが、若い頃そこで働いていたことがあるんです。そこに山城さんもいらしてました。
鎌田 山城さんやラ ガゼッタの佐藤さんなど強烈な個性をもった方がいましたよね。まだイタリアの服が市民権を得ていない時代でした。シャツ1枚が5万円ってなに!? みたいな。そんな時代でしたけど、ファッション業界には面白い方がいたんです。加藤和彦さんもよくバルバスに来ていまして、そういった偉大な先輩方から食事のマナー、女性との接し方などを教わりました。当時はピッティに行く人が今ほどたくさんいなくて、イタリアへ向かう成毛(賢次)さんが空港でmaloのニットを着てルイ・ヴィトンのトランクを何個もカートに積んで颯爽と歩いてましてね。サルトリア仕立てのポロコートにリーバイス501を穿いてている成毛さんを空港で見たときに、うわっ、かっこいいな、と憧れました。その後、ビジネスクラスで隣の席になったときは、本当に嬉しかったです(笑)。
―ちなみに東京にクラシコイタリアが入ってきたのはいつ頃だと認識されていますか。
鎌田 それまでのいわゆるヴェルサーチとかアルマーニとかではない流れになってきたのは91~92年くらいからですね。ちょうどユナイテッドアローズの原宿本店ができた頃で、当時、それはそれはカッコいいお店でした。
石川 80年代後半はまだ真っ黒で、シャツをガバッと開けていましたからね。
鎌田 ラ ガゼッタができて衝撃だったんですね。それを機に80年代の華やかだった人たちがクラシックへと流れていった。そして成毛さんがキートンを日本に入れ始めたんです。僕はライカにいてヴェリーウォモに携わっていたんですが、もうそういうのは格好悪いな、と(笑)。
―当時、お洒落をするのは、夜の街に繰り出したり、遊びに行くためだったのでしょうか。
鎌田 そうですね。明後日の夜、ラ・ベンズィーナで食事をするから、このジャケットを買おう、とか、ビームスFでボレッリのシャツを買おう、とか。
石川 お店の格を上げてくれるのは、そういったお洒落な方たちでした。ちゃんと正装している人が増えると、いい店に見えるんだですよね。
鎌田 あと石川さんは、そういう店の雰囲気を作るのが上手かったですよね。
石川 イタリアってお店の人と会話をしながら食事を楽しむんですよ。僕は東京ではずっとトラットリアをやっているんだけど、イタリアではそういう格好いい人たちが調理場にチャオ!とか挨拶に来てくれるんです。そういうのを見て、東京でもそういう雰囲気をお客さんが受け入れてくれる店を作りたいなって思いましたね。自分がそういう性格なんです。
鎌田 とにかく活気ある店だったんですよ、ラ・ベンズィーナは。
石川 当時、まだオープンエアのお店が青山のセランくらいしかなかったからね。イタリアでそういうお店を見ていたから東京でもやりたかった。(それでラ・ベンズィーナの)お店の隣に駐車場があったんだけど、外で食事を楽しんでもらおうって4台ぶん借りたんです。そうしたら大盛況となり、苦情が来てテントを張って(笑)。
鎌田 そこにイタリア好きなお洒落な人が集まったんですよ。近くにはサスティーン ジャパンもあったしね。その頃、僕は31、,32歳くらいだったんだけど、先輩たちが素敵なジャケットを着て食事に来ていて大人って格好いいなって憧れたものです。食事やクルマ、リゾート地に行く装いまで、すべてのライフスタイルが格好よかった。クルマもファッションとトータルに決まっていて、映画のワンシーンみたいなね。今はライフスタイル全体が格好いいという人が減ってしまいましたよね。ピッティのスナップが流行ってからそれが顕著になってしまった。スナップを撮られるだけの格好、みたいな。
石川 スマートな食事をされる人というのは装いも素敵で、周囲からも一目置かれるような人が昔は多かったですね。とても個性的なんだけれど、とてもスマート。最近は平均的に格好いい人が増えたかな。
鎌田 クラシコイタリアのブームから30年が経って平均点は上がったけれど、業界人も含めて、あの人はすごいなぁという人は減ってしまいましたね。
―鎌田さんはピッティ以外にもイタリアにはかなり行かれていますね。
鎌田 最初はピッティにだけ行っていたんですが、そのうちにイタリアのリゾート地にも足を延ばすようになりました。ポジターノから始まり、カプリ島のアナカプリにあるパレス カプリなどにも行くようになりました。イタリアではリゾートでも皆きちんとした装いをしているのがいいですね。以前はハワイに行っていたんですが、ハレクラニに泊まっていても、ヴァカンスだからと気を抜いた格好の人が多くて興醒めしてしまい、足が遠のいていまいましたね。アメリカとヨーロッパではそこの発想からして違うんです。ヴァカンスでも、その地に合ったエレガントな装いを積極的に楽しむのがヨーロッパ。Tシャツで過ごしてしまうのがアメリカなんです。
―お洒落していて損をすることがないと鎌田さんが以前話していたのが印象に残っているのですが、リゾートでも同じですか。
鎌田 以前、カプリ島のパレス ホテルで何日も過ごしていたら、マネージャーから、あなたは何をされている方なんですか? と尋ねられたことがあるんです。毎日ジャケットを替えて、先輩たちの真似をしてその日に買った服をホテルに届けさせて着ていたら、彼らの目に留まったようで、バーでご馳走してくれたり、島の隠れた名所を案内してくれたり、友人をたくさん紹介してくれたりしたんです。そういったこともありますから、お洒落をしていれば一目置かれるし、絶対に損はしませんよね。
石川 イタリアは海に行ったあと、一度帰宅して着替えてから夜、食事に出かけますからね。リゾート地でもそこまで徹底しています。日本はTシャツにビーサンそのままの格好でレストランに入ってしまいますから。
鎌田 ヨーロッパのリゾート地では、リネンのシャツって本当はこういうところで着るんだ、と実感しますよね。海辺の昼どきのリストランテでは、イタリア人は下がショーツであっても上に上質なリネンシャツをサラッと着ていて、それもまたエレガントなんですよね。
石川 それとイタリアはやっぱりおじいさんたちが格好いいですよね。きちんと帽子をかぶってジャケットを着ています。チャールストンにいたとき、親戚一同が集まる食事の席で、おじいさんを中心にテーブル一列にずらりと座るんですよ。その席では、どんなに暑くても男は全員がスーツを着てネクタイを締めていたのは印象的でした。
鎌田 かつてフィレンツェのバンビーノというリストランテによく通っていた時期があって、そこにはステファノ・リッチのファミリーがよく来ていたんですね。当然ながら皆最高にカッコよくて、女性が後から入って来ると、皆起立して迎えるんです。皆、お店に来るとごくごく自然は振る舞いでキッチンに挨拶していてね。服装はもちろん、立ち居振る舞いが最高に格好よかったです。
石川 レストランはお客さんがお客さんを呼んで育っていく場所でもありますから、立ち居振る舞いの素敵な人やいろいろなものを極めた人が来ると、素敵な雰囲気が生まれていきますよね。
鎌田 だから私は雰囲気のよくない店には行きたくないんです。
ところで最近、またちょっと90年代的な流れになってきている気がするんです。ウチみたいな小さなお店が出てき始めている。無難なものを展開するのでなく、流行は関係なしに店主の趣味のまま突っ走っている、みたいなね。例えばウチでは、夏にカシミア(サマーカシミア)だったり、きれいなピンクのジャケットだったりと華やかなものが売れています。ウチに限っては紺のソリッドタイは売れないんです(笑)。
―Mr.FENICEでは服を提案するときに、着用するシーンも含めて踏み込んでおすすめされていまよね。
鎌田 カシミアのポロシャツはリゾートで着てください、とか。自分で実際にそのシーンで着てからお客様に提案するようにしています。ここドンチッチョも含めそういう個人商店の人気が出てきているのは、ライフスタイルとファッションがまた繋がってきているからではないかと思うんです。対面して会話して手に入れた服を、それに合うシーンに着ていくという。そういった流れが若い世代を中心にまた少しずつ生まれてきているのを感じますね。
石川 昔は洋服屋さんもカッコいい人が多かったから、そういう人から提案されると説得力がありましたからね。
鎌田 僕らが若い世代を連れて、夜、こういうお店に連れていかないとダメですね。きちんとお洒落をして食事やドライブや旅行に出かけたりするのってとても楽しいことですし、ライフスタイルをより楽しむためのファッションをもっと提案していかないといけません。ピッティのスナップを見て真似するだけの世界で完結していては、文化も廃れてしまいます。
石川 人とコミュニケーションをとってこそ得られるものってあるんですよね。そういった意味では、注文の仕方がスマートな人ってお店にとってはいいお客さんなんですよね。自分の好みがきちんとわかっていて、それをお店に伝えられる。あと会話がきちんとできる方は、やはり素敵だなと思います。
鎌田 若い人もたまにはドンチッチョみたいな店で食事をしながらお客さんの格好を見たり、お店の人とコミュニケーションをとってほしいですね。石川さんは毎年、お店のスタッフを引き連れてイタリアに行っているんですよ。
石川 僕が宿の手配をして、レストランを予約して、クルマを運転して、通訳までして、もう大変なんです(笑)。みんなは食事してワインを飲んだ後は僕が運転している後ろでみんな寝ている(笑)。
鎌田 いいじゃない! すっとクルマで移動するのは大変だけど、いいマインドだよね。
石川 みんなにイタリアのいい空気を吸わせたいからね。大変ですよ。でもね、深まりますよ、ファミリー意識が。
鎌田 ずっと続けていますよね、ポリシーを持っている。こういうのこそ本当のスタイルっていうんだと思います。ファッションでよくスタイルっていうけれど、エドワード グリーンを履いてビスポークのスーツを着て、家で満足しているっていうのはスタイルでもなんでもない。スタイルっていうのは人の生き様や生活全般までを通していうものだと思います。スタイルのある大人を見倣って、若い人たちにももっとファッションを楽しんでもらいたいですね。
鎌田一生
Salon de Mr.FENICE代表。1962年生まれ。アパレル商社ライカにてヴェリー ウォモを担当。独立後、さまざまなアパレルや飲食店を立ち上げるも、疲れ果てて故郷へ帰り休業。その後、札幌SARTO、神宮前SARTOを経て、2016年に神宮前にてSalon de Mr.FENICEをオープン。https://mrfenice.com/
Jacket:Mr.FENICE
Shirt:Sartoria Alessandoro Guerra
Trousers:Rota
Shoes:Marini
Watch:Audemars Piguet
Bracelet:Volante
Pocket Squere:Atto Vannucci
石川 勉
東京のシシリアン料理の草分け的存在、トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ オーナーシェフ。1961年生まれ。神宮前の「ラ・パタータ」を経て84年イタリアへ渡る。シチリアのパレルモとモンデッロの「チャールストン」、その後フィレンツェ、ペルージャ、ボローニャで修業し、87年に帰国。麻布十番「クチーナ ヒラタ」、表参道「ダ・トマゾ」、恵比寿「イル・ボッカローネ」、広尾「ラ・ビスボッチャ」、西麻布「ラ・ベンズィーナ」のシェフを務めたのち独立。外苑前「トラットリア トンマズィーノ」を経て、2006年に「トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ」をオープン。現在に至る。
Jacket:Mr.FENICE
トラットリア シチリアーナ・ドンチッチョ
東京都渋谷区渋谷2-3-6
☎03-3498-1828
取材・文 早島芳恵 撮影 藤田雄宏