FRANCESCO MARINO ナポリの伝統”スフォデラータ”の3つ巻タイ
2021.10.20
ナポリの鷹揚さを感じるスフォデラータの3つ巻タイ
1945年生まれのフランチェスコ・マリーノ氏。
フランチェスコ・マリーノの父フェルディナンドはもともと床屋で、叔母(父の姉妹)はバレリーナの衣装を縫うサルタだった。
古きよき時代のナポリの洒落者だったフェルディナンドは、1945年にフランチェスコ・マリーノ氏が生まれるずっと以前(1920年頃)から、あらゆる生地が並んでいたピアッツァ・メルカートでシルク地を購入しては、高価だったネクタイを叔母に仕立ててもらっていた。クラシックな“スフォデラータ(裏地なし)”の3つ巻タイである。
フェルディナンドはそのネクタイをナポリの洋品店に見せて回り、それが段々と人気が出始め、商売になっていったという。すると母は叔母から裁断を習得し、サン・ジョルジオ・ア・クレマーノの縫い子に縫ってもらってその規模を少しずつ拡大していった。
その後、第二次世界大戦が始まって、取り引きしていた店が皆閉じて卸し先がなくなってしまった。そこでフェルディナンドは工房の生地を持ち出して山に疎開し、毎朝街に降りて生地を売って日銭を稼いでいたという。
戦争が終結すると、ナポリ市内のトレド通りに住み始めた。フェルディナンドは米軍基地に通ってアメリカ人の髪を切ったり髭を剃ったりしていたが、そこからしばらくして、またネクタイ業を情熱をもって復活させた。
フランチェスコ・マリーノのブランドは、このようにして始まった。
原稿・藤田雄宏 写真・吉澤祐輔
いつもタバコを離さないフランチェスコ・マリーノ氏。
18世紀から19世紀にかけてナポリの貴族の保養地として栄華を極め、最高のクオリティを求めた貴族たちの服を縫う職人が多数集められた歴史的背景をもち、貴族のための素晴らしいヴィッラが残るサン・ジョルジオ・ア・クレマーノの街には、今なおたくさんの素晴らしい職人たちが住んでいる。フランチェスコ・マリーノ氏も、そんなサン・ジョルジオの背景に惹かれて工房を構えたひとりだ。
マリーノのクラヴァッティフィーチョを初めて訪れたのは十数年前。親友コスタンティーノ・プンツォのサルトリアから歩いてすぐだったこともあり、コスタが連れていってくれた。看板も何もなくて秘密基地のような工房だったこともあり、「知る人ぞ知る感」があってすごくワクワクしたのを覚えている。
タバコを吸いながら生地をカットするマリーノ氏の姿はいかにもナポリ人っぽくて貫禄たっぷりだし、古そうな生地のロールがたくさん積まれているし、おばちゃんたちの手の動きもこなれていて、「独特の雰囲気をもった工房だなぁ」という無難な感想で終わったけれど、翌年再訪するとマリーノ氏のキャラの濃いこと、濃いこと。
最高のネクタイを作っているという自負からなのか、ナポリ人らしい愛嬌のよさは皆無だし、常にタバコを離さないし、クセが強くて頑固そうで(悪い意味ではない)、一緒に仕事をするにもいかにも一筋縄ではいかなそうな雰囲気だ(マリーノ氏と長く一緒に仕事をしているノブさんこと冨士原伸吉さんは凄い!)。
トップクラスのモノ作りをするナポリの職人は、多くの場合、非常にクセがあるものなので(笑)、まあそんなものなのかな、と。
工房には個性的なヴィンテージの生地も多数揃う。色彩も独特で、そんなところにもマリーノの「薫り」を感じる。
マリーノの工房は父フェルディナンドの代だった1960年代、アメリカ向けにネクタイを生産していたこともあり、1945年生まれのマリーノ氏は1970年~72、73年までの間ニューヨークに住み、アメリカのネクタイ工場で働きながら大量生産のネクタイ作りを学んだ経験がある。ナポリに戻ったあとはそれまでのイタリアとの取り引きをストップさせてアメリカの店向けに大量生産のネクタイを始めたものの、自分の理想はそれではないことに気づき、ナポリ伝統のハンドメイドのネクタイ作りに戻したそうだ。
アメリカ時代にずっと“右下がり”のストライプと向き合ってきたマリーノ氏にとって、ストライプの基本は右下がりというのが面白い。各¥18,700 Francesco Marino/Afterhours
大きな転機となったのは、30数年前のマリアーノ・ルビナッチ氏との出会いだ。ルビナッチ氏から、「かつてマリーノ氏の父フェルディナンドが手がけていた、ナポリ伝統のクラシックなスフォデラータの三つ巻タイを手がけてみてはどうか」と言われて以来、父のクラシックなネクタイの偉大さを再認識し、得意とするのは断然スフォデラータの“三つ巻”タイにこだわるようになった。それはルビナッチ氏をも魅了し、ナポリのマリーノの名声を確固たるものにした。
ヘムが太めで、そのヘムにナポリの鷹揚さというかマリーノ特有の愛らしさを感じる。
マリーノのタイは、ノットとディンプルがとてもきれいに作れて結んだときのしっくりくる感じがとてもいい。マリーノ氏は生地選びのこだわりと、この生地に対してこの芯地というこだわりが非常に強くてこちらのリクエストなんて聞いてくれないが、だからこそ常に“マリーノ クオリティ”を保てていて、そこが彼らのネクタイの信頼性を高めているのだ。
2002年に仕立てたサルトリア ピロッツィのスーツに合わせたフランチェスコ マリーノの3つ巻きタイ。素材はシルク×コットン×ウール。もちろん、スフォデラータだ。¥18,700 Francesco Marino/Afterhours
ビームス別注によるアルフォンソ シリカのスーツはゆったりめのフィッティングで、着丈を長めにして胸回りにもボリュームをもたせた作り。生地はサヴィル・クリフォードのフランネルで、450g/m。スーツ¥346,500 問い合わせ先:Beams Roppongi Hills/Tel.03-5775-1623 シルク×コットン×ウールによるスフォデラータの3つ巻タイ¥18,700 Francesco Marino/Afterhours シャツは私物
「生地と芯地の組み合わせはすべて感覚からくるものですが、その“感覚”にこそ私のネクタイ作りにおけるすべての経験が宿っています。私は小さく結ばれたノットを好みます。だから私のネクタイは、常に私が理想とするバランスで、ノットを小さく結べて美しい、それでいてナポリらしい軽やかさを備えたものを常に目指しているのです」
マリーノのネクタイは、実際に締めてみるとわかるのだが、とても結びやすく、変な言い方になってしまうけれど、誰でも美しいノットとディンプルが作れるのではないかと思えてしまうほどだ。ノットが緩みにくいという点でも非常にすばらしいネクタイだと思う。
ナポリのサルトが仕立てた素晴らしい仕立てには、柔らかな印象をもちつつ色彩に独特の美意識が宿ったマリーノのネクタイは鉄板だ。それはマリアーノ・ルビナッチ氏ほか、多くの洒落者たちをも魅了していることからも明らかだ。ぜひその素晴らしさを味わっていただきたい。
息子のパトリック(右)が3代目として工房を継ぐ。父フランチェスコからネクタイ作りのすべてを学び、今はマーケティングも担当している。