ユナイテッドアローズ メンズファッションディレクター 内山省治氏 インタビュー
2020.01.18
ユナイテッドアローズ メンズファッションディレクター 内山省治氏インタビュー
内山省治 Shoji Uchiyama
ユナイテッドアローズ メンズファッションディレクター、チーフバイヤー
1975年福岡県生まれ。1997年ユナイテッドアローズ入社。原宿本店にてセールスパーソンを10年間務めた後、2007年よりバイヤーに。メンズ全体のバイイングを統括し、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、アメリカ、アフリカなど、世界中を飛び回っている。趣味はサーフィン。
ユナイテッドアローズのファッションディレクター内山省治さんと僕は同い年で、
初めてお会いしたのは、98年か99年に雑誌『チェックメイト』での取材(懐かしい!)。
当時とびっきりお洒落な若者だった内山さんは、今やUAのメンズファッションディレクター。
久しぶりのインタビューは、内山さんらしいお笑いを挟みながら核心を突いた言葉がズバズバ聞けて、とても有意義なひとときでした。
内山さんのようなマインドでファッションを楽しめたら、人生は3倍楽しくなりそう、そんな気持ちにさせてくれます。
さりげなく話していた「クリエイティブなスタイリング」って言葉、好きだなぁ。(藤田)
取材・文 早島芳恵 撮影 藤田雄宏
―最初に、内山さんがファッションに興味をもったきっかけ、ユナイテッドアローズに入社されたきっかけから教えてもらえますでしょうか?
内山氏(以下敬称略) ユナイテッドアローズ(以下UA)を知ったのは14歳のときでした。歳の離れた服好きの親戚がいて、お洒落に関して初めて影響を受けたのはその人からでした。毎週末のようにUAやビームスに連れて行ってもらって、服を見るのが大好きだったんです。買い物のときに隣でいろいろ話を聞いているなかで、ジョン ロブやエドワード グリーン、オールデンの存在を知りました。彼はアメカジも大好きで、古着屋で買ってきたものをよく見せてくれたりして、そういったこともあってファッションにはまっていきましたね。その親戚に譲ってもらったのが、僕のファーストオールデンです。同じく14歳のときです。
―14歳でオールデンですか!
内山 今考えるととても恵まれていましたね。高校を卒業して上京し、そのままUAやビームスに通うようになって、その後靴の会社に入社したんですけど、しばらくしてUAから声をかけていただいたんです。気がついたら入社していました。
―実際、入社してカルチャーショックなどありましたか?
内山 やべーな、と思いましたね! 良い意味で、です。
当時、とにかく靴が好きで、特にオールデンが大好きだったんです。靴の会社で働いているとき、オールデンを扱っている会社の社長とお話しする機会があったのですが、靴の仕事はもっと歳を重ねてからでもできるし、今はファッション全体を見てみたら?とアドバイスをもらいまして。クラシックなものが本当に大好きですごく興味をもっていた時期でもあり、王道のクラシックを通していろいろなことを学びたかったので、それならUAかな、と考えるようになりました。
UAでは原宿本店の地下1階に配属されました。そこでカルチャーショックを受けました。まず、服を正統的に着ることの格好を知ると同時に、正統に服を着て格好いい人がアレンジすると、ますます格好よくなるんだということがわかりました。逆に、とりあえずアレンジ、というのは存在しないんですよね。音楽でもなんでもそうだと思うんですけど、元の素晴らしいものがあるからこそ、アレンジされても素晴らしいんだと思います。
でもそういうことには10代の頃はまったく気づいていませんでした。それまで頭の中は服のことかいやらしいことしか考えていなかったので(笑)、UAに入って本当にカルチャーショックを受けましたね。正統派のドレスウエアが好きで入社したのですが、当時の原宿本店の地下にはそれと同時にデザイナーズやクロムハーツなどがあって、先輩方はそれを同じ目線、同じ価値観で見ていたんです。これはクラシック、これはデザイナーズ、これはアヴァンギャルド、とか一切区別していない。それが衝撃でした。
―今も服へのそういう捉え方というのは受け継がれているんでしょうか。
内山 そうですね。まず自分はそれがカルチャーショックだったと同時に、物事を見ていく上での根幹となっていったので、自分自身は強く受け継いでいるつもりでいます。反面、時代は変わってきているので、全体を見るとどうかはわかりません。ただ少なくとも、それは物事に対する個々の捉え方の話であって、UAとしては今も大切に引き継いでいる部分だと思います。
―内山さんご自身のスタイルのベースにあるものは何でしょうか? 影響を受けたカルチャー、あるいは人物がいましたら教えてください。
内山 自分は基本的に定番的なもの、トラディショナルなものが大好きなので、スタイルのベースはそこにあります。あとはアラン・ヴェイユというアーティストがいるのですが、彼が好きで自分のスタイリングに大きく影響を受けました。どちらかというとカルチャーというよりは人物から影響を受けることが多いですね。社外ですとビームスの青野(賢一)さんのスタイルにはかなり痺れましたね。インターナショナルギャラリー ビームスによく行っていたときに素敵だな、と思って憧れて見ていたんです。
―それは入社前ですか? どのようなところがですか?
内山 入社前もそうですが、入社後も休憩中によく行ってました。あのアンニュイさとか柔らかさが最高にいいですよね。今でこそ増えてきましたが、当時はクラシコイタリア全盛で、ジャケットを着るならクラシックな感じで着るか、そうでなければデザイナーズか、みたいな流れだったんです。でも青野さんはそうではなく当時から独特のスタイルがあった。僕、いまだに青野さんには話しかけられないんです。相手は知らないのに勝手に憧れている、という(笑)。先日もとあるショーで隣にいらっしゃったんですが、緊張して汗が止まりませんでした。
―なるほど! 確かに青野さんは独自の世界をもっていて素敵ですよね。ところで内山さんが考えるUAらしさって、どんなものでしょう? 先輩方から受け継がれているかと思うのですが、そういったことをご自身では意識されていますか? 以前、プレスの渡辺さんは色合わせにUAらしさが出ると言っていました。
内山 UAらしさっていうと、まず僕が考えるのはテイストに囚われるのではない、というのをすべての先輩が体現していることでしょうか。言葉で表さなくてもそれがわかるんですよね。わかりやすく言うと、鴨志田は多くの方がクラシックなイメージだと思われていますが、リヴェラーノ&リヴェラーノと同じ目線でサンローランも着こなしているんです。デザイナーズブランドにカテゴライズされるものもすべて同じ目線で見ていて自然に取り入れているんですね。そういうのがある意味UAらしさかなと思うんです。ストリートだから、クラシックだから、という見方はしない。そういった延長線上に色合わせが独特だ、という解釈があるかもしれません。例えばネイビーにブラウンの靴を合わせれば、そこに正統的なクラシックな見方や美しさがあると思うんです。でもそれと違った視点で、UAだったら、たとえばクロコダイルの靴を合わせてしまう。やっぱり一言でいうとテイストに囚われないというところでしょうか。あ、ひとつひとつの回答が長くてすいません。
―とんでもない! お話をじっくり伺えて嬉しいです。そんなUAの中で内山さんがカッコいいと思う人はどなたですか?
内山 重松、鴨志田は永遠です。一生の憧れです。それ以外でもたくさんいますけれど、販売部門にいる中村 明ですかね。あまりメディアには出ていませんが、原宿本店で一緒に働いていたんです。今の僕のミックススタイリングの礎を築いてくれた、というくらい影響を受けました。この3名には影響を受けまくりました。
―UAを通して学んだことはどんなことですか?
内山 それはいっぱいありすぎます。正直言うと、服を扱いながらも人として学ぶことが多かったと思います。たとえばお洒落だな、格好いいな、という人ほど腰が低い、人に対して丁寧だということを学びました。皆さん本当に謙虚なんですよね。やはりそういう人には、自然と人が集まってきますよね。社会人になって多くの時間をUAで過ごしてきて、バイヤーになる前は販売もしていて、本当に洒落ていて素敵な人は、そういうものなんだと学ばせてもらいました。
―そんな中で、装いの影響を受けた方はいらっしゃいますか?
内山 いっぱいいすぎて。そう言われたら誰だろう? 誰ですかね? 先ほどの3名もそうですけど、同世代でいうとインターナショナルギャラリー ビームスの関根陽介さんと服部 隆さんです。お二人ともビジュアル系のように格好よくスタイルもよくて、同じような仕事しているんだけど、その横でずんぐりむっくりの僕がいて、なんだろうなこの違いは?みたいな。最近お会いする方、周りの同世代の中で素敵だなと思うのは、このお二人になります。
海外の方ですと、アレッサンドロ・スクアルツィさんはドレスの時でもカジュアルな時でもミックススタイリングしていて、それがイタリア人にしては珍しくて素敵だなと思います。彼自身も日本が好きでよく来ていますが、日本人と共通する部分が多く、マインドが似ているんだと思います。
あとは加古さんという方がいらっしゃいます。この方はもう故人なのですが、とても英国に精通された方で、ご自身で会社を経営されていたんです。例えばウインザー公が着ていたようなものを作りたい、となったとき、だったらこの生地を使ってこういうボタンがいい、と答えてくれる。ウインザー公の世に出ていない写真を多く所有されていたり、装いのカルチャーから音楽のカルチャーまで精通していた方で、自分にとっての先生のような存在でした。
もう一人は亡くなってしまいましたが、UAのブルーレーベルストアにいた酒井 武さん。定番アイテムだけを使ったスタイリングで、こんなにもフレッシュにできるのかっていつも思っていました。クリエイティブなスタイリングとはこういうものなのか、と教えられましたね。例えば見慣れているブルックス ブラザーズのシャツに見慣れているオルテガのベストやミリタリーパンツ、ビルケンシュトックやオールデンの靴など、ひとつひとつ見ると誰もが持っている定番的なものなんですが、酒井さんの手にかかると、すべてがとてつもなく新鮮に見えるんです。かなりスタイリングの影響を受けましたね。鴨志田が正統的なクラシックなスタイリングをさせたら天下一品だとすると、酒井さんはカジュアルでクリエイティブなスタイリングをさせたら一番だと思っています。そのお二方から勝手に影響を受けてそれをミックスさせながら自分自身のスタイリングの参考にさせてもらっているところはあります。
スタイリストの大久保 篤志さんや北村勝彦さんからも影響を受けました。原宿本店にはありがたいことにスタイリストさんがよく来店されるんです。カジュアルな服装のときもカッコいいですけど、仕立てたスーツをバキバキに着こなしている大久保さんを見たときは、あれはヤベーなって感じでした。
―大久保さんのカッコよさ、よくわかります。
内山さんというとベレー帽のイメージがあるのですが、小物やアクセサリーの愛用品はどんなものがありますか?
内山 そうですね、ベレー帽は一番身につけていることが多いです。20個くらい所有していますが、スペインのバスク地方のものが中心です。今日は4個持ってきました。ひとつはエロセギというブランドのもので、もうひとつのブランドはフランスのバカルラという、手作業で作られているものです。ベレー帽は海外で被ることが多いですね。サイズ違いで揃えています。もともとは漁師さんの傘みたいなものなので、大きいほうが雨がしのげたりするそうですが、大きさにあまり意味はないと、お店のおじいちゃんに教えられました。本当にそうなのかはわかりませんが、スタイリングの違いによって被るサイズも変えています。もう15年くらい愛用していますね。
左上がフランスのバカルラ。スペインのエロセギは大きさ違いで3つ。
―スーツにも合わせたりしますか?
内山 そうですね。どちらかというとスーツに合わせることが多いです。本当にすごく愛用するようになったきっかけは、出張で1カ月くらいヨーロッパを周ることがあるんですけど、そんなにたくさんの服をもっていけなくて、後半になってくるとスタイルがマンネリ化してくるんです。そんなときに購入してかぶってみると、コーディネートに新鮮さが加わって、それがいいなって。それから愛用するようになりましたね。
―あとはナバホのアクセサリーでしょうか。
内山 ナバホはリングなども好きですが、ドレス系に使えるカフリンクスは意識して探していて、気に入ったのを見つけるたびに購入しています。シルバーにターコイズのものです。あと同じくドレス系に使えるタイバー、タイピン、ボロタイなど集めています。ネイティブアメリカンのアクセサリーをドレス系に組み合わせるのが好きですね。一歩間違えちゃうとおじいちゃんになってしまうんですが、ボロタイも好きで、この2つもナバホのものです。海外の女性の方でボロタイをつけている方をたまに見かけますね。
―ところで内山さんが愛用されている定番品はどんなものがありますか?
内山 リーバイス、ジョン スメドレー、ブルックス ブラザーズのBDシャツ、それとオルテガはもちろんなのですが、やはりオールデンは一番愛用しています。中でもローファー系が多いです。なんやかんやと今までの人生でオールデンだけで100足以上買ったので好きなんだと思います。
―100足ですか?
内山 はい。今は手元に50~60足くらいしかないのですが、結局同じものばかり履いてしまいます。ローファーばかり。スーツにもTシャツ短パンにも、いろいろなスタイリングに合わせられるからでしょうね。
―定番とは逆になりますが、トレンドに対する意識の仕方はどのようなものでしょうか。
バイヤーとしては常に誰よりも把握していないとならないと思うのですが。
内山 トレンド=社会潮流という言い方が出来ると思うので、やはり大事なものです。世の中の潮流は把握するようにしています。それを把握して、その先は終わりです。
男性の場合はトレンドよりもスタイルのほうが大事かな、と思っています。なぜなら、そのほうがより服を楽しめると思っているからです。
例えば30年間大切に着ている紺ブレがあるとします。30年、同じスタイリングで着るのも素敵ですし、アレンジして着続けるのも素敵です。白のBDシャツにタイを締めて着ている。でもあるときはピンクのシャツにしたほうが気分が上がるかもしれないし、あるときはタートルネックで、あるときはバンドカラーのシャツであるかもしれません。ただひとつ、いちばん大切なのはその人のスタイルであり、そのスタイルをより新鮮に見せるためにはプラス@どういったものを加えるといいのか、といったような感じでトレンドを捉えています。トレンド優先で服を選ぶ、ということはありません。長年、世の中に存在しているものがより素敵に見えるもの、として意識する、という感じです。
―なるほど。すごく説得力があるし、そういう捉え方だと、この記事を読んでくださる方たちにもすごく受け入れやすいんじゃないかなと思います。ちなみにスタイルやトレンドという部分以外で装いにおいて大切にしていることは何ですか?
内山 TPOに応じてというのはもちろん大事にしているところです。でも一番は自分の気分が上がるか、ですかね。いまだにそうなんですが、朝、よしこれ着ていこう! と服を決めて出かけても(服を替えに)帰りたくなることがあります。実際、時間に余裕があれば帰ります(笑)。
結局、服ってどんなものでもよければ、1000円くらいの安いものでも素敵なスタイリングができます。でも、その先の、服の力って何?となったとき、周りの人たちが持つ印象もあると思いますが、いちばんは着ている本人がどういう気分になるか、だと思うんです。例えば、今日はこれを着ているから自信を持って話ができるとか、食事していても楽しい気分で参加できるとか、そういうところなんじゃないでしょうか。自分のテンションが上がるっていうのが大事かな、と思います。
―すごく説得力があります。内山さんがスーツを着用する際やテーラードスタイルの際、実際どのような点に気をつけているかを教えてください。
内山 サイジングです。まずは全体的なサイジング。周りの人から見たら、どうでもいいことかもしれませんが、袖丈がとても気になります。絶対に決まったスタッフにしか採寸してもらいません。袖丈が気に入らないと気持ち悪い(笑)。
全体的なサイジングはその時々の気分で変えることもあります。ですが袖丈はこだわり過ぎて決められなくて、どうしても決めきれなくてシーズン越してしまうことがあるくらいなんです。
―それはすごいこだわり具合ですね。
内山 今日も実はオーダーしていたスーツが出来上がっていたので着てこようかな、と思っていたのですが、ちょっと違うなと。
パンツも基本的には同じ丈にしています。
まず一番大事なのは、本来の正しいものを知らないと、アレンジのしようがない。正しいサイジングというのは存在します。ただ自分の装いは自分のためにあるもので、僕の場合はピチピチが好き、という訳ではないのですが、ボタンを留めた時のゆとりが気になって仕方ないんです。
でも一番はやはり袖丈で。気になりだすと気になって仕方がない。展示会に行っていて、あれ、袖丈が……と気になりだしたら正直、早く帰りたい、って思うくらい。
パンツは今日は珍しくシングルなんですが、いつもはダブル幅6cmにしています。
―6cmって初めて聞きました。UAでは他の方でもいらっしゃるんですか。
内山 6cmはいないかな。セオリー的に言うと自分の身長で6cmというのは無しなんですが、それに決めています。裾幅の太いパンツも穿きますが、テーパードしているものでしたら裾幅19cm、ダブル幅6cmと決めています。あんまりそんなことを決めていることがバレると、鴨志田にはオマエ、まだそんなこと決めてるのと言われそうですが(笑)。
20数年前この仕事を始めた当時、いろいろなスーツを販売していたんです。UAだと正統的な英国靴もいいんですが、ちょっとハズしでオールデンのバリーラストの990(プレーントウ)のような少しボリュームのある靴をスーツスタイルに合わせる、という流れがあったんです。
その時の先輩方が、足元がダブルでクッションを入れないバランスを推奨していてそれがカルチャーショックで、すごいカッコいいなと衝撃を受けました。先輩方に4~4.5cmの間で、その方の身長や体型によって変える、と教えられたんです。
ある時、お洒落な大人のお客様で5cm幅にして、とか3cm幅にしてとか毎回いろいろ指定されてくる方がいらっしゃったんです。それから、なるほどダブル幅もサイズによってこんなに違うんだ、と思って自分なりにいろいろ研究するようになりまして。その内、自分は5cmにしていたんですが6cmにしてみた瞬間に、クラシックだし、でもなんだかモードっぽさもあって面白いなと思ってしっくりきたんです。理論理屈というより、自分の中ですごくしっくりきたのでそれから6cm幅にしています。
撮影後、6cm幅のトラウザーズに着替えていただき、パチリ。
―お客様のお話が出てきましたが、セールスパーソン時代、お客様へのアドバイスとして心がけていたことはありますか。
内山 販売の仕事をしてきてつくづく気づかされたことがあるんです。人って誰しもコンプレックスがあるんですよね、もちろん、僕を含めて。コンプレックスを強くお持ちの方ほど、お洒落だしファッションへの追求度が半端ないんです。コンプレックスってネガティブに捉えられがちですが、よい感じに逆手に捉えるととてもクリエイティブになると思うんです。例えばサイズが合わないものをそのまま着ようとするのではなく、アレンジする。僕は古着も好きなんですが、以前は古着屋さんへ行くとこれいいな、めちゃくちゃ欲しいなと思ってもサイズが合わなくて断念していたこともありました。でも、これ合わないならロールアップして穿けばいいなとか、ここ切っちゃおうとか、ウエスト絞って穿いてみようとか、そんなこともお客様と接していく中で学んでいきましたね。
お客様のお悩みを聞いているうちに、自分の中の着こなしのアイデアの引き出しを増やせていった、いや、増やさせていただいた感じです(笑)。
あとちょっと話が逸れるのですが、スタイリストの方が多くお店にいらっしゃって、着る本人がその場にいないのに服を探さなくてはならない、というシチュエーションなんですね。サイズどうかな~、とかパンツ丈どうしたらいいかな~とか想像や妄想しないといけなかったので、そこでも鍛えられました。妄想するのが好きになったのはその頃からです。決して変な意味ではなく、男性に対しても女性に対しても結構妄想します。あ、変な意味じゃないですよ。本当に本当に変な意味じゃないですよ(笑)。販売員時代、いろいろな方と接して、本当にいろいろユニークな考えをもった人を見てこれたのも一因ですね。
でも今バイイングする時には結構役立っています。ふと妄想して、こんなスタイリングならアリだな、とか。
―バイイングする時は頭の中で常にスタイリングが思い浮かんでいるんですか。
内山 そうですね。何かしらスタイリング案が浮かび出てくるものを買い付けます。UAのお客様にいいな、と思うと、こんなスタイリングがいいな、あんなスタイリングがいいなという風に。
逆にまったくスタイリングが思い浮かばないものは、UAのお客様に合わないものか、今までにない本当に新しいものか、の二択です。それを考え抜いて、新しくていいかな、と思えたものを買い付けます。こういうところでも妄想癖が生きています。というとすごく考えているようですよね。周りからはオマエ、大して考えてないだろう、って言われそうですが(笑)。
―ははは。では、妄想は一旦置いておきましょう。内山さんご自身の中で装いのルールはありますか?
内山 ルールは特になく、とにかく自分が楽しい装いだったらいいや、でもTPOは大事よ、というくらいかな。世の中のルールは都度変わっていっていますからね。
―と同時に経験を積んでいく中で、ご自身のルールも取り払われていった感じでしょうか?
内山 そのとおりで、最初店頭に立っていたときは、こうでなくちゃいけない、と決めつけていたことが多かったんです。でも、それがどんどんなくなっていきました。それぞれの場での基本的なルールというのはあると思うんですが、服というのは時代の流れとともに変わるし、それに対する気分も変わっていく。だからルールというものは変わっていきますし、なくなったり追加されたりするんでしょうね。
―なるほど。豊かな経験を積んでいるからこそ、そういった言葉が出てくるんでしょうね。
ところで内山さんにとってのサルトリアルヒーローは誰ですか?
内山 僕はやはりアントニオ・リヴェラーノさんが好きですね。
―おお、そう来ましたか! おふたりの出会いはいつ頃ですか?
内山 お店で販売していた頃からなので、存在を知ってからは20数年になりますが、実際に言葉を交わすようになったのは、ここ10年くらいです。何故、僕にとってヒーローかというと、いろいろな方から伝え聞いていて、すごく職人気質で気難しい人物像を想像していたんです。でも初めてフィレンツェのお店でお会いしたときに、いろいろな事を説明してくださり、その中で気づいたのが、めちゃめちゃ発想が自由な人なんだな、ってことだったんです。
例えば、こういうスーツなら足元は英国靴でないといけないとか、セミブローグでないといけない、などといった風潮があった時代に、リヴェラーノさんは普通にオールデンを履いていました。また、Vゾーンのスタイリングにしてもグレーのサキソニーだったら白のブロードのシャツで、といったルールがあるように思っていたら、これもいいし、これもいいよね、みたいにいくつも提案してくる。垣根がないんです。ルールに精通している上で、ステージが違うな、と。アンダーソン&シェパードもいいなぁと憧れて見ていますが、人物、といったら、物事を究めたからこそ生まれる自由さを感じさせるアントニオ・リヴェラーノさんです。
―リヴェラーノ&リヴェラーノやアンダーソン&シェパードの名前が出てきましたが、ビスポークやオーダーはお好きですか? オーダーのときに気をつけていることはありますか?
内山 好きですし、そうでもないですし、という感じです。オーダーだからこその自由さ、というのは好きです。ただ、既製服も好きですね。決められた服を自分なりにアレンジするというのも楽しくていいな、と思っています。
オーダーの際はいつもノリでしています、その時の直感です。オーダーの良さってなんだろうな、と考えたとき、世界中で自分だけのものが作れるというところに辿り着くと思うんです。そう考えると、誰の目を気にすることもなく、規制も受けずに自由にしたい。だから、誰の意見も聞きません。それがオーダーの際に気をつけていることです。自分がとにかく直感で決めていく。オーダーを受けてくださる作り手の方とだけ話しながら進めていきます。だから、最初に考えていたものとどんどん離れていくこともしばしばあります。でもオーダーの醍醐味のひとつは世界で自分だけのものというところにあるので、直感を大切にしようという気持ちは強いですね。
―なるほど。では、最後に今シーズン気になっているものを教えてください。
内山 急に現実的な話になりますが、最近黒スエードの靴がいいな、と思っています。
黒のスエードより茶のほうが多かったんですが、黒のスエードの持つ、あの色気と上品さが今のスーツのスタイリングにすごくいいんじゃないかなと。もちろん、ブレザーにもありで、ちなみにブレザーはネイビーだけでなく黒も新鮮に感じています。
―やっぱり内山さんの提案には、常にいい感じの色気がありますね。でもおっしゃっているその感じ、すごくよくわかります。ただ、黒のブレザーというのはすごく新鮮だし、さらに踏み込んで内山さんらしいな、と。
内山 ありがとうございます。
―最後に内山さんの愛用品を教えてください。
「NYベースのナイジェリア人が手掛けるポストインペリアルというブランドのバンダナとタイ。クラシックなスタイルにこれを合わせるのが好きです。エスニックをひと匙スタイリングに効かせたいときに重宝しています」
「タイはすべてシャルベです。シャルベもいろいろあるんですが、中でもエスニックな匂いのするものが集まりました。フレンチで洗練された品のあるエスニックってなかなかない。他では見つからないですね」
「リック・グリフィンというアーティストが好きで、彼のイラストTシャツです。サーフィンが好きで、一時は毎日のように着ていました」
「97年、入社当時ザ ソブリンハウスで購入したイザイアのスーツ。長年愛用しています。当初はタイドアップして着ていましたが、インナーにTシャツを合わせて着たりもしています」
「ビーズのアクセサリーはケニアで購入したマサイ族の作ったもの。村での歓迎の宴の後で見せてくださり、気に入って譲っていただきました」
「オールデンのビットはVANラスト、コードバンのナンバー8はTOMラストのもので18歳から履いています。黒の靴はVANラスト。リザードはジョンロブ ロンドンのビスポークです」
「クラシックブランドでは出せないクリエーションを感じさせる、遊びがあるデザイナーズものが好きです。ジャケットは5~6年前のレノマのもので、ネイビーベルベットに花の刺繍が施されています。ニットはドリス ヴァン ノッテン。首に巻いているのはヴィンテージのファストカラーのバンダナです」
「パンツはエムズブラック。かなり前のものでネイビーと黒のチェックです。靴はボードイン&ランジ。あとは……ちょっぴり熱いハートを身につけています!」
Jacket Renoma
Knit Dries Van Noten
Bandana Vintage
Trousers M’s Braque
Shoes Baudoin&Lange